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ねぎとろ丼

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退廃した世界で私と共に逝きましょう

 ※基本的に設定等は「Hobby JAPAN 9月号」に載っているものやアニメ作品を参考にしています。
   故にアニメ版を観ていない人にはネタバレになります。
   アニメでは明確に示されていませんが、この作品ではユウ=ストレングスとして扱わせて頂きます。
   また、一部にグロテスクな表現を含みます。ご注意ください。



   『退廃した世界で私と共に逝きましょう』


 彼女は私を助けてくれた。嫉妬に焼かれ、灰に埋もれた私を掻き分けて探してくれた。
 黒い感情に包まれた私の着ぐるみを剥がし、本当の私を見つけ出してくれた。
 これからは絶対に離れたりしないと誓おう。
 彼女の強い想いが本当に嬉しかった。私はその気持ちに応えられるようにならなければ。
 今度からは二人きりで居よう。邪魔者は許さない。どんな手段を使ってでも排除する。
 例えマトにとって見知った者であったとしても、絶対に。


   ★ ★ ★ ★ ★


 瓦礫が散乱する景色。荒廃とした光景の広がる世界。そこで今日も私は闘いを続けている。
 空と思わしき所の色は薄暗い。黒いセロファンでも張り付いたかの様な天井。
 一見非現実的な空間に思えるが空気はあるのか、常に風が吹いている。
 耳で感知出来る音といえばどこかで繰り広げられる、戦闘の騒音。
 建物が崩れたり、壁や建築材が吹き飛んでいく音。武器と武器がぶつかりあう、剣戟の音。
 嗅覚で得られるものは殆どない。この世界には植物というものがない。
 匂いのあるものといえば風で舞われる埃の匂いに金属の匂い。そして血の匂い。
 今私の手にあるのは巨大な金属製の、黒い鎌のデッドサイズ。そして追従させているのがスカルヘッド。
 どこまで行ってもこの世界には人が殆ど居ない。稀に発見したところで、自然に体が動いてその者と闘うことになる。

 今私の目の前にいるのはストレングス。クリーム色の髪をした少女だ。
 いや、幼女にも見える。とにかく背が低い。
 骨が剥き出しにでもなっているかの様な尻尾がある。
 彼女は私を眺めながら尻尾をリズミカルに振っている様だ。
 フードを被っていて、髪型ははっきりわからない。
 体は小さいが、それに反比例して武器は巨大。
 両腕の辺りに黒い、金属の塊みたいな物体がくっついている。
 義手、の様なものだろうか。さながらロボットアームの様。
 私の体並みの大きさがある。あんなもので握りつぶされたりすれば一たまりもないだろう。
 彼女を睨み、鎌を見せ付けた。こちらに戦意があることを示すと向こうは拳を振り上げた。
 すると彼女はそのまま巨拳を地面に叩きつけ、足場を崩した。
 辺りに走った亀裂は猛烈な勢いで広がり、私の足場も崩壊していく。
 眼下に暗闇が広がる。前を向くとストレングスが鉄の拳を構えて空中で突進して来てる。
 落ちていくことなど気にする必要はない。この世界の地下には終わりが見えないのだから。
 スカルヘッドを操り、ストレングスへ放つ。彼女は目つきを鋭くさせ、その両拳でスカルヘッドを振り払われた。
 障害物のない状態で一直線にやってきた。私はこれを鎌で迎える。
 圧倒的な質量と重量を押し付けてくる攻撃はとても厄介なものであった。
 だが得物が重たい分、速さというものには欠ける。
 私は空を蹴ってストレングスを翻弄する立ち回りをすることにした。
 無表情ながらも時折苛つく顔を見せながら敵は必死に鉄塊を振り回してくる。
 私はそれから逃げ回りながら隙を見つけては鎌の刃で斬り込んでいく。
 私が優勢であるが戦いの行方はまだわからない。
 敵の一撃をまともに当たれば、それだけでこちらのダメージを差し引きゼロにされてしまうだろう。
 地面が見えてきた。白と黒の四角いマスが交互に並んでいる床に着地する。
 周りに先ほどの瓦礫が落ちてきた。彼女は静かな、されど確かな殺意の篭もった睨みを飛ばしてくる。
 こちらは相手を見下した、余裕の表情を見せ付けてやった。微笑み、帰ってきたスカルヘッドを撫でてやる。
 私達の闘いはまだ始まったばかりだ。お楽しみはこれから。
 

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 明るい。柔らかい感触。心地よいシーツの匂い。暖かい布団の温もり。目覚まし時計がうるさい。
 ついさっきまで見ていた夢の内容を思い出そうとするが記憶は曖昧だ。
 止めずに放置していた時計の目覚ましスイッチを切り、私は洗面所へ向かう。
 歯を磨き終えたらマトにおはようのメール。
 可愛い可愛い私のマト。私はマトのメールアドレスを表示させて悦に浸った。
 
 両親におはようの挨拶をし、朝食を済ませたら着替えて学校へ行く。
 愛しい彼女と一緒に学校へ勉強しに行く。
 彼女がくれた携帯ストラップにキスをする振りをして家を出た。

 彼女の自宅は私の家と近い。歩いてほんのちょっとの距離。
「おはよー!」
「おはよう」
 相変わらず彼女は元気一杯だ。大好きなマトの笑顔を今日も拝める私は幸せ者。
 昨日見たテレビ番組の話をしながら、最寄駅まで歩いて行った。
 電車に乗ってからは今日の数学でやると先生に言われた小テストの攻略について話した。
 今日も彼女の髪の毛は良い匂いがする。シャンプーの匂いだろうけど、彼女自身の匂いも含まれているはずだ。
 私は気付かれないようにその匂いを堪能する。彼女に相槌を打ちながら髪の揺れを見つめていた。

 学校へ到着するとお別れを言って別々の教室へ。
 そして教室に入れば黙って自分の席に着く。
 クラスメートに声をかけられれば笑顔で返しはするが、自分からは話しかけない。
 私にとって私の近くに居るべきなのはマトだけ。彼女しか認めない。
 彼女以外の同姓と二人きりで出かけられるのは母だけだ。
 私の携帯電話に登録するメールアドレスは両親と彼女だけで十分。
 他の誰かはいらない。友達なんて必要ない。彼女さえ居れば事足りる。

   ※ ※ ※

 お昼休み。私は筆記用具を整理して机に仕舞うと、サイフを持って教室を出る。
 扉を開けた先にはすでにマトが待ってくれていた。
「あっ」
「へへへーっ」
「じゃあ行こっか」
「うん!」
 学食へ向かい、食券売り場の隣にある売店へ。私達は普段そこでおにぎりやパンを買うことにしている。
 そして教室に戻って昼食を食べるのだ。
 この売店に並び、物を買うというのは中々難しいのだ。
 というのも、人が集中して混雑するから。このときはいつもマトに頼りっぱなし。
 私は売店の人に声をかけるタイミングを計るのが苦手なせいでなかなか買えないのだ。
 なのでいつもマトにお金を渡し、私の分も買ってもらうことにしている。
 彼女は手を上げて商品名を言いながら店員の人にアピールしてくれるので、すぐに買えたりする。
 私にはそんなこと出来ないのでありがたい。無事買えたパンを抱えて教室に戻った。
 私の場合は少し女々しすぎる所があるのかもしれないが、彼女の持つ大胆さにいつも助けられている。
 そう、あのときも。自分自身がわからなくなったときも、彼女は迷える私を救ってくれた。
 それは今でも変わらないのだ。彼女なしで生きていけない。本気でそう思う。
「あ、ユウだ」
「え?」
 マトがそう言って席を立った。
 彼女が向いた先を見ると教室のドアのところにマトが所属しているバスケットボール部のマネージャーことユウが手招きしていた。
 きっとマトに用があるのだろう。私からすればマトとの空間を壊されたみたいで出て行って欲しいのだが。
 マトがごめん、と私に断ってユウのところへ行ってしまった。おそらくクラブの話なのだろう。
 そんなものメールで済ませばいいだろう、放課後になってから話せばいいじゃないか、と不満が募る。
 いつまで話しているつもりなのだろう。いい加減私のマトを返して欲しい。
 まだ話している。一体何様のつもりなのだろう?
 教室の時計を睨みつけている。もう一分と四十秒は会話している。
 二分を切ったところでようやくユウが消えた。マトが帰ってくる。
 私は苛ついている自分を落ち着かせて彼女を迎えた。
「ごめんねー、大会近いから色々打ち合わせとかさー」
「ああ、うん、いいの。バレー部の方でも色々あるし」
 彼女に気遣いさせないように、ユウに対して感じた怒りは忘れることにする。
 私にとってマトはかけがえのない存在。だがマトにとって私がかけがえのない存在である自信がないのだ。
 身を投げ出してまでして私を助けてくれた彼女は、ユウとも友達付き合いをしている。
 私がマトの立場ならユウのことなど蔑ろにするのだが、マトは私じゃない。
 彼女にも彼女なりの用事というものが出来る。私は出来る限り邪魔してはいけないと思う。
 だが他の女のこととなれば話は別だ。私はユウに対して敵対心の様なものを抱いていた。

   ※ ※ ※

 放課後。すぐに教室を出ていった。
 今週は掃除の当番でじゃないからすぐにバレー部の練習場である体育館へ行ける。
 そしてマトも今週は掃除当番ではないはず。だから一緒に体育館まで行くことができる。
 案の定マトのいる教室の近くで待っていると鞄を持ったマトが出てきた。
「ヨミ、終わったの?」
「うん」
「じゃあ行こっか」
 どうやら今日最後の授業は国語だったそうだが、突発的に漢字のテストがあったらしい。
 それで非常に不味い点数を取ってしまったらしい。大げさにへこむものだから、成績を心配した。
 これで一緒に勉強しよう、となればまた二人きりの時間を作れるからだ。
 だが彼女は勉強は好きでないらしい。そんなことは一言も喋らなかった。

 体育館に到着。各々の部室へ行くために別れると、すでに来ていたらしいユウがすかさずマトへ絡み始めた。
 きっとマトが来るのを待っていたのだろう。私が居なくなった途端出しゃばってきて、一体何様のつもりだ?
 私のマトに話しかけるな。彼女の吐息を吸い込めるような距離に居るんじゃない。
 彼女の服から出てくる埃を被れるところから離れろ。彼女の綺麗な瞳を観察出来るほど近づくな。

 突然先輩に呼ばれた。はっ、と気がつく。私は体育館を仕切るネットにしがみ付いていた様だった。
 いまだにマトの近くにユウがいることに腹正しさを覚えながら私は部室に入って行った。

   ※ ※ ※

 本当に憎たらしい存在。ユウがマトに近づくたび怒りで頭が熱くなった。
 このままでじゃバレーの練習どころではない。日常生活が困難になりそうだ。
 先輩から「今日はちょっと調子悪いんじゃないの?」と訊かれたがそれどころではない。
 今すぐにあのユウという存在を消してやりたくなってきた。

 部活が終わった後。いつもの様に中庭へ向かった。マトが待ってくれているだろう。
 私が着替えを済ませてそこへ行ったときにはマトの隣にユウが居た。
 私はユウに対して殺気が湧き上がってきたが、今ここでそれを言葉にすることは出来ない。
 慌てて影に隠れ、二人の様子を伺った。ユウが楽しげに喋っている。
 今すぐにそこから離れろ。私の視界に入るな。彼女に馴れ馴れしくするな。
 お前は一体何なんだ? ただのマネージャーのくせに一部員と深く関わろうとするな。
 またしても頭が熱くなってきた。周りの音が聞こえない。
 さっきまでグラウンドの方から聞こえていた野球部の掛け声が聞こえない。
 私の意識をあのユウという女が奪っていく。あの余計な存在が私の視界を奪っている。
 武器が欲しい。あの女を殺せる力が欲しい。もしこの場にマトが居なければ私は襲い掛かっていただろう。
 ふと手が何かを掴んでいるのに気付いた。鞄、ではない。
 鞄は左手が握っている。じゃあ右手が握っている物は何だ?
 私が握っているもの、それは大きな鎌であった。
 黒い。歪な装飾が施されている。私の身長より長い。ひたすらに不気味だった。だが軽い。
 鈍く光る刃も大きい。それなのに軽い。重さを感じない。まるで自分の体の一部の様に思えてくる。
 私はなぜこんなものを持っているのだ? ユウに対して殺意を抱いたからなのか?
 怖くなってきた。確かに望んだが、今はこんなもの使えない。そこにマトが居るから。
 私は鎌を捨てたくなったので右手を振り回した。
 するとどうだろう、今まで手の中にあった鎌が消えていた。
 手に感触は残っているのに、周りを見ても鎌はどこにもない。落ちてもいない。
「ヨミ~!」
 マトが私を呼んだ。私に気付いたらしい。彼女は私が鎌を持っていたのを見たのだろうか?
「ごめん、お待たせ……」
「遅いよヨミ」
「う、うん」
 何食わぬ顔で帰路につく。マトもユウも特に変わった反応をしなかった。
 さっきのは一体何だったのだろう。きっと悪い妄想でもしすぎたから、何かの見間違いだと思う。
 だが先ほどのことが自由に出来たらどうなるだろう。
 好きなときにあの鎌を出せるのなら私は何をするだろうか。
 帰る最中も鎌のことばかり考えていた。
 マトが折角話しかけてくれたりしているというのに、私は生返事しか出来なかった。

 帰宅。父はまだ帰っていない。仕事がまだ終わっていないのだろう。
 母が夕食の用意をしている。ただいま、と声をかけて自室に荷物を置いた。
 セーラー服を脱ぎ捨てて風呂場へ。

 家の中なら大丈夫。このお風呂場には私しかいない。
 さっきの奴をもう一度試してみる。
 ユウに対して湧き上がらせた殺意を思い出す。
 暴力を振るいたいという願望を。あの女をこの世から消し去りたいという切望を。
 するとどうだろう、突如黒いもやの様なものが私の体を覆った。
 怖くて辞めたくなったが、勇気を出して続ける。今度は両手が変質し始めた。
 なんだろう、指先が鉤爪の様な物になったのだ。黒く変色して手が大きくなっている。
 その指先で風呂場のタイルを撫でるように触ってみると傷が付いた。
 足をタイルの上に置き、足の裏で傷に触ってみる。本当に傷が付いていた。これは夢なんかじゃないんだ。
 手を振り回し、頭も振り回して力なんていらない、殺気も忘れるんだと念じると黒いオーラの様な物は消えて行った。
 いつの間にか手も元に戻っている。私は不思議な力を意のままに操れるようになった、ということなのだろうか?
 突然後ろにある風呂場のドアが開けられる。驚いて悲鳴を上げてしまった。
 恐る々る振り返るとそこに居たのはなんとでもない、母だった。
「ヨミ、いつまでお風呂に入ってるつもりなの」
「あ、うん、もうすぐ出る……」
「さっきお父さんから電話があったんだけど、今夜は遅くなるみたいだから先にご飯食べててくれって」
「う、うん」
「お風呂出たらご飯にするからね」
「はーい……」

 風呂と夕食を済ませて自室へ。携帯に着信を知らせるランプが点灯している。
 急いで携帯を開いてみるとマトからのメールだった。
 メールを要約すると「今度の土曜、部活終わってからぶらぶらしない?」ということ。
 学校の最寄り駅から家の最寄り駅とは反対の方向へ電車で行くと、見所たくさんの商店街がある所へ行けるのだ。
 そこへ一緒に行こうと誘ってくれているのだ。
 マトはユウも誘ったらしいのだが、ユウはクラブの用事で来ないということ。つまり二人っきり。
 ユウなんか誘う必要はないじゃないか、とメールで送ろうとして慌てて送信を停止した。
 彼女に私が抱えているものを知られてはいけない。私は私が悪いことをしようとしている、ということは認識している。
 だから彼女には気付かれてはいけないのだ。
 もしマトにそのことを話せば彼女は私にそんなことはするな、と説得するに違いない。ユウにもそのことを知らせるだろう。
 そんなことは阻止しなければいけない。もし説得されるようなことが起これば、私はユウを殺せなくなる。
 出来る限り隠密に事を運ばなければいけない。
 私は普通に「私も終わったあとは空いてるよ」というメールを返した。
 今日はもう遅い。寝てしまおう。今日は変なことが起こった。そのことに対してもっと整理したい。
 布団に入って目を瞑ると、まぶたの奥で眼球がグリグリ動いている様な感触がした。
 時折体が強張ったようになって身動きが取れなくなったりした。
 あの黒いオーラのせいなのだろうか。手が黒くなったみたいに、いつか全身が変質していくのかもしれない。
 いつか私はあの鎌を振り回す化物になるのだろうか。それは嫌だ。
 マトが不気味がって私を好いてくれないかもしれない。それだけは嫌だ。
 でも都合の良いときにだけあの鎌を出せるのなら、と我侭な自分も居る。
 もう何でもいいや。眠たくてどうしようもなくなってきた。
 おやすみ、マト。愛してる。私はまた携帯のストラップにキスをする振りをした。


   ★ ★ ☆ ★ ★


 目の前に金属の塊が飛び出してきた。ああ、そうだった。私は今闘っていたのだ。
 白と黒のタイルを敷き詰めた様な空間で見知らぬ少女と闘っていたのだ。
 ストレングスはあれからもしつこく得物を振り回してきた。敵の闘い方は猪突猛進そのもの。
 こちらの与えるダメージを堪えてひたすら突撃を繰り返す。そんな無茶な戦法。
 その余裕のないやり方は関心できるものではない。徐々に敵の表情に焦りが見えてきた。
 一撃。その巨拳を私にねじりこめられたら一発で致命傷になるだろう。
 だがその一発すら当てられないほど、敵は弱かった。
 見るからに敵の攻撃頻度が落ちていき、ストレングスは肩で息をしている。
 こちらが薄ら笑いを浮かべながら手招きをしても敵が動かない。
 一歩、二歩、三歩。一体どこまで近づいてあげれば攻撃してくるんだ?
 五歩、六歩。もうすぐ密着してしまうほど間合いを詰めてあげた。
 七歩、八歩。ようやく敵が動き出す。今頃襲い掛かってきた。
 待ってましたと言わんばかりの、フルスイング。体を大きく仰け反らせて簡単に避けてやった。
 敵の顔に浮かび上がっていた、自信有り気な表情と姿勢が見る見る内に崩れていく。
 うなだれているストレングスの頭を踏んづけて敵の顎を地面にこすりつけた。
 敵はもう戦意を失っている様子。鎌を見せ付けてやるとストレングスは泣き出してしまった。
 なんて貧弱な奴だ。この程度の腕前で私の邪魔をしよう等とは笑止千万。

 邪魔? 何の邪魔なんだ? そうだ、私は何か目的を見つけた。
 その目的を果たすためにストレングスと闘っているんだった。
 今がチャンス。鎌を振り上げた。後はめそめそ泣いているストレングスの首を切り落とすだけ。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 飛び起きる。まだ頭はハッキリしていないが、待ちに待った土曜日の朝。気合で目を覚ます。
 目覚ましが鳴る前二十分も前に起きられるとは。だが早く起きたからといって困ることはない。
 早く起きた分だけ入念なブラッシングをしておくだけのこと。
 部活は一時から。マトは昼飯を済ませてから行くるもりだそうで、私もそうした。
 そしてついにやって来る登校の時間。マトが来るであろう時間よりずっと早くから待ち合わせしておく。
 彼女が少し早めに来たとしても彼女を待たせたりしないためにだ。
 携帯を開く。彼女からはおはようのメールしか届いていない。
 いつ来るの、とメールしたくなる気持ちを抑えて待ち続ける。

 結局彼女がやって来たのは定刻の二、三分前だった。
 今来たばかり、とマトには言った。本当は一時間前に来ていた。

 学校に着くまでの間、最近発売されたCDの話で盛り上がった。
 どうやら彼女はポップ調のものより、ロックな方が好みらしい。
 じゃあ今度CD貸してね、という話にもなった。

 学校に到着。早速体育館へ向かい、彼女と別れてバレー部の先輩達に挨拶。
 後ろを振り向けばあの女がマトにべたべたしていた。
 止めろ。私のマトを汚すな。汚らしい手で触れるな。私のマトが腐る。

 結局今日の部活動も全く身が入らぬまま終わった。
 先輩達は「まあこんな時期もあるからね」と言って慰めてくれた。

 着替えを済ませてマトと待ち合わせ。
 いつもの待ち合わせ場所である中庭に行ってみるとマトの隣にユウが居た。
 何か話して、ユウがどこかに消えた。何か別の用事がある、と言っていたのを思い出す。
 用事があるのならそっちに行けばいいじゃないか。なぜギリギリまでマトと居ようとするんだ。
 体から黒いオーラが出てきた。今は駄目だ。今はもうユウが居ない。今はそういうときじゃない。
 そう念じてオーラを消した。何気ない顔をしてマトと合流し、遊びに向かった。

   ※ ※ ※

 電車に乗り込み、都市部へ向かった。最初に行った店は着いた駅の近くにあるファーストフード店。
 今の時間は夕方の五時前。ちょっと小腹が空いたよね、ということでやって来た。
 熱々のフライドポテトを口に放り込み、ソフトドリンクでそれを覚ましながら胃に流し込んでいるマト。
 ポテトを掴む指先、ストローに接触した桃色の唇、飲み込むときの喉の動き、音。
 私はそれらの動きに釘付け状態だった。愛しいマトが私のすぐ側で可愛い仕草をしているのだ。
 興奮してこないはずがなかった。携帯電話の動画撮影機能を使いたいと思うほど。
 そんなことをすれば音で気付かれてしまうので、さすがに出来ないが。
「ヨミ、どうかした?」
「え?」
「さっきから私のこと見て……何かついてる?」
「あ、いや……そういうわけじゃないよ」
「そう? この後どうする? とりあえず本屋でも行く?」
「そうだね、そうしよっか」

 本屋。私はちょっと探している本があるからと言い、店内で別行動を取る振りをした。
 棚にある本を見たり、雑誌を立ち読みしているマトの後ろ姿をこっそり観察して楽しむ。
 マトのうっすら見えるうなじの官能的なラインに見惚れたり、楽しげに本を見ている様子を棚の影から見たり。
 この二人きりの時間は誰にも邪魔させたくなかった。

 本屋の後は雑貨屋へ見に行くことにした。ここは前にも来たことがある店だ。
 そう、マトがくれたストラップが売っている店だ。
 今度は一緒にアクセサリーなんかを見ている。すぐ近くでマトを見ていられるのだ。
 店内のBGMは静か。彼女の近くで耳を澄ませばマトの呼吸音が聞こえてくる。私はそれを喜んだ。
 マトの鼓動をもっと感じたい。マトの肺から出てきた空気を吸っていたい。

 結局雑貨屋では特に買い物せず出て行った。
 その後私の希望でプリクラを撮ることにした。ゲームセンターへ行って空いている台に入っていく。
 私達が入った台は撮影後に落書きが出来るものだった。
 カーテンを捲って暗い、若干のプライベート空間へ入っていく。
 マトがお金を入れると女の人の声で撮影までの説明をしてくれた。
 フレームを選んでください、と言われるがどうしていいかわからない私。
 マトが「選んで良い?」と訊いてきたので彼女の好きなので良いと答えた。彼女は星のマークが入ったフレームを選んだ。
 いざポーズを決めての撮影。こういうときどういうポーズで撮ればいいかわからない私はとりあえずピースした。
 すると彼女も同じくピースをした。撮影後、二人でペンを取って落書きしようとしたところで迷う。
 何て落書きすればいいんだろう。
「残り時間が書いてある……それまでに何か書いておきたいよね」
 マトが私を見てそう言った。私の方から誘っておいてなんだが、どうすればいいだろうか。
 するとマトがペンを動かして落書きをした。ずっと一緒、と。
 書き終えた瞬間、制限時間が過ぎた。画面には少しお待ちくださいと表示され、シールが印刷されて出てきた。
 小さいシールにはピースしているマトと私。頭上の空間に「ずっと一緒」と書かれている。
「じゃあ半分こしよっか」
 台にチェーンでくくりつけられているハサミでシールを台紙ごと二分割。半分を渡された。
「学生手帳なんかに貼るのが良いかな?」
「あ、うん。そうだね」
 嬉しい。彼女とツーショットのプリクラ。これはストラップに次ぐ、記念になるだろう。
 寝る前このプリクラにキスをするとしよう。

 帰り道の電車。彼女は学生手帳を見せてくれた。なんでも今まで撮ってきたプリクラをまとめているらしい。
 クラスメートらしき者達と撮っているものが多い。私よりも社交的な彼女らしかった。
 その中に一つ私を不快にさせるものがあった。マトとユウが二人きりで撮ったものだ。
 生意気にも「永遠に」なんて書いてある。何が永遠だ。彼女とこれからずっと居るのは私の方だと言うのに。
 私は出来る限り落ち着いた表情で手帳を返した。
 彼女の手帳に貼られたシールでなければ今ここでシールの、ユウの顔の部分だけをペン先でぐちゃぐちゃに潰してやりたいと思った。

 自宅に一番近い駅に到着。もう時間は八時を過ぎていた。空は真っ暗。
 母から「いつ帰るの?」というメールが入っていた。
「今日は楽しかったよ~! ねぇ、ヨミ?」
「うん。良い一日だった」
 明日は日曜日。
 明日は部活も学校も休みだが、両親に連れられてお出かけをするのでマトの家に遊びに行ったりなんてのは出来ない。
 だから今日別れたら次の月曜日までマトの顔を見ることができない。それはとても寂しいこと。
 二人きりの時間をしみじみと静かに味わっていると、彼女が携帯を触り始めた。
 私の様に親からメールでも来たのだろうか。
「見てみて~、ユウからこんなメールが来たんだけど~」
 彼女は嬉しそうな顔でそう言ってあの女がマト宛てに送ったメールを見せてきた。
 明日遊ぼう、的なことが書かれている。ふざけるな。マトと遊んで良いのは私だけだ!
「ヨミも一緒に来ない?」
「……」
「ヨミ?」
「っ……!」
「よ、ヨミ!」
 気がついたときには走っていた。もうこれ以上あいつのメールを見ていられない。
 マトには悪いが先に帰らせてもらった。

 家に着くと母と父が私の帰りを待っていた。私はご飯いらないと言って部屋に塞ぎこんだ。
 携帯を開くとマトからの着信がたくさん来ていた。
 そういえば前にもこんなことがあった気がする。あのときの私はどうしたんだっけか。
 マトがユウとくっ付いているのを見ていて、我武者羅に逃げ回って、それから……。
 携帯が鳴っている。私は放置したまま、何となく机の上に置いてある小さい鏡を見た。
 また私の体を黒いオーラが包んでいるのだ。いや、気になるところはそこじゃない。
 鏡に映っている私の顔の後ろに何か居る。何だろう、黒くて厳つい角の様な物が生えた誰かが立っているように見える。
 その人は私に背中を向けているらしくて顔が見えない。
 今私の部屋に私以外の人が居るはずない。だが鏡にはしっかりと誰かが映っている。
 するとその人がこちらを振り向いた。鏡に映っている、私の後ろにいる人は私そっくりの人だった。
 その人が角を生やしている。黒い鉤爪の様な指が鏡に映っている。私に似た誰かは私の顎を撫でた。
 確かに顎を触られている感覚がする。だが後ろを振り向く勇気は無かった。鏡越しでしか見ることが出来ない。
 今後ろを振り向いたらあのときと同じになってしまう気がする。自分が何なのかわからなくなってしまうのではと思えた。
 私は慌てて鏡を伏せた。それから深呼吸して気を落ち着け、意を決して振り向くと私そっくりの人は消えていた。
 携帯が震えていることに気付く。彼女からの電話だった。私は急いで電話に出る。
「ヨミ……ヨミ!」
「マト? さ、さっきはごめんね」
「ヨミ……ヨミ……」
 彼女は電話の向こう側で泣いていた。どうして泣いているんだ? 私があんな別れ方をしたからなのか?
「どうして電話に出てくれなかったのよ! 私、また、またヨミが消えちゃうんじゃないかって……」
「マト、ごめん」
 彼女も悪い予感をしていたのだろう。そしてその悪い予感というのは当たる寸前だった、と思った。
「もう大丈夫。私ちょっと取り乱しちゃって。だけどマト、本当にもう大丈夫」
「何が大丈夫なのよ!? 私に話してよ!」
「マト?」
「最近のヨミ、おかしいよ。ユウの話したら機嫌悪そうにするんだもん!」
「っ!」
 まさか感づかれていたとは。気付かれない努力をしてきたはずなのに。
「私、またヨミが消えちゃうの嫌だよ! だから話してよ! 一人で抱えこんだりしないでよ!」
「マト……」
 マトがここまで私のことを心配してくれると思わなかった。いや、前のときもこうだったかもしれない。
 私はあのとき彼女を心配させすぎた様に思う。だから今また彼女が必死に私のことを助けようとしてくれているんだ。
 電話越しではあるが言うべきだろうか。私がこれから先ずっとマトを愛していたい、と告白すべきだろうか。
「何でもいいから話してよ! 私、ヨミのことなら何だってわかってあげられると思うから!」
 今のマトになら話しても良い気がしてきた。私は気分を落ち着かせるために深呼吸をした。
 突然ドアが叩かれた。母と父が私を呼んでいる。私は出来る限り元気な声で大丈夫、と返した。
「マト」
「何? 何でも言って!」
「私、マトのこと大好き」
「ヨミ、私も……」
「違うの! もっと好き! 私、マトのことがこの世の誰よりも好きなの! 私、マトのことを愛しているの!」
「よ、ヨミ? どういうことなの?」
「私には彼氏なんて必要ないの! 彼女としてあなたが居てくれれば、それで良いの!」
「ヨミ……」
 彼女は何と返事するのだろうか。彼女は私のことを受け入れてくれるだろうか。
「待って。時間がほしい。ちょっと私、女同士のこととか、よくわからない」
 やはり言うべきではなかっただろうか。彼女を混乱させてしまっている。
 でも告白しなければ、真実を伝えなければ私も彼女も苦しい想いをすることになるかもしれないと感じた。
「ユウは? ユウの話題を嫌っていたのは、妬いてたってこと?」
「うん」
「……そう」
 彼女はどう返事するのだろうか。今ここで「私も愛してる!」と言ってくれるのが一番嬉しいけど、そういうわけにはいかないだろう。
「一日だけで良いから、時間が欲しい。明日ユウと遊ぶ約束してたけど、キャンセルしておくから……だから、一日考える時間が欲しい」
「いいよ」
「じゃ、じゃあ……おやすみ、ヨミ」
「おやすみ、マト」
 携帯電話を閉じる。私は部屋の扉を開けた。両親が心配そうな顔をしていた。
 マトと話して元気になったと話し、明日のお出かけも大丈夫だと言った。
 それでも両親は心配そうな顔をしていた。
 これで良かったんだ。彼女に伝えたいことは伝えた。
 あとは彼女がどう言うのか。それは次の月曜日が来たらわかること。

 食事を終えた私は自室へ。両親に明日何時に出発か聞いておいた。
 机に向かい、私は生徒手帳を開く。表紙を返したところに今日撮ったプリクラを貼っておいた。
 可愛い可愛いマトと撮ったプリクラ。ずっと一緒、と落書きしたプリクラ。
 私はそのプリクラを舌で舐めた。正確に言うとプリクラの所だけ舌先で突いた。
 マト可愛いよマトウフフ。私だけの愛しい人。食べちゃいたいぐらい好きなマト。
 マトに私の気持ちは伝えた。あとやるべきことはあの憎きユウをこの世から排除すること。
 手順としてはこうだ。今度の月曜日にバスケットボール部の朝練がある。その練習のために体育館を利用する。
 朝は普通鍵がかかっているのでマネージャーの者が鍵を開けるために朝早くにやってくるのだ。
 ずっと前々からユウが一人で登校しているのを知っている。朝練の日も一人で来るだろう。
 つまりこのとき奴を襲えば誰にも気付かれないはずだ。
 体育館の入り口近くで待ち伏せすれば良いということ。
 あとは私の黒い力で奴を惨殺すれば良いだけ。簡単なことだ。
 先ほど伏せた鏡を立て直した。今でも私そっくりの人が鏡に映った。
 もうすぐだ。奴を消しさせすればこの力も必要なくなる。
 鎌を出すぐらい自由自在に出来ていた。私が望めば私は後ろにいるそっくりさんの姿になるのだろう。
 月曜日が楽しみだ。あいつを殺せるその時が楽しみだ。
 おやすみマト、愛してる。携帯のストラップにキスをした。振りではない。
 今日はきっと良い夢心地。


   ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 月曜日。親には朝練があると言って早くに出た。当然嘘だ。
 準備は万端。私は朝一の電車に乗って行った。校門近くまで来れば、校門が開くのを待つ。
 開けば誰も居ないタイミングを見計らって学校へ入り、体育館の方を目指す。
 マトから「朝練があるから先に学校行ってるね」とメールが来た。
 あとは奴が何も知らずにやってきたところを仕留めるだけった。

 六時半頃、ようやく奴が姿を見せた。ジャージ姿で体育館のシリンダー錠を開けている。
 周りには誰もいない。遠くのグラウンドの方で野球部の者達が朝練をしているだけ。
 私は今こそが好機だと思ってゆっくり近寄っていった。
「ユウ」
「え? うわわ! ビックリしたー……」
 彼女は私の登場に驚いていた。それもそうか。
「ユウ、話があるんだけど。ちょっとだけいい?」
「え? うん、朝練の準備とかあるからちょっとなら……」
 まだ言い終えていない彼女の体を突き倒した。
 体育館の床に転ぶユウ。私も体育館の中へ入り、内側から鍵を閉めた。
 館内には誰にもいない。窓のところにカーテンがかかっている。
「痛っ! な、何するのさ、ヨミ!」
「私はずっとこの機会を伺っていた。あんたを殺せるときを!」
 目の前の背の低い女を殺す。そう念じると全身から黒いモヤが滲み出てきた。
「ひっ、ひぃっ! な、何よそれ!」
「あんたを殺すために授かったよ!」
 手が変質する。服も変わった。身長も伸びたらしい。手には大きな鎌が握られている。
 どこからともなく巨大な骸骨の頭が二つほどこちらへ近づいてきた。どうやら私の下僕らしい。
「な、なっ! 何の真似だよヨミ! まさか、本当に殺す気なの!?」
「それ以外にありえると思うの?」
 体だけでなく、自分の声も少し変わっていた。私が成長した姿だとでも言うのだろうか?
 試しに鎌で体育館の木製の床を叩いてみる。簡単に床が砕けた。
 ユウは腰を抜かし、私から後ずさりしている。
「あんたが悪いのよ。私のマトにベタベタしようとするから……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! アタシ、そんなつもりは」
「問答無用」
 自然と口の端が釣り上がった。人を殺そうという瞬間がこんなにも楽しく感じるとは思っていなかった。
 鎌を振り回しながらユウを追い詰めていく。私はただ歩いてるだけ。
 それなのにユウは涙を流しながら体育館の隅でガタガタ震えている。
「や、止め……助けて! 誰か助けてよ!」
「こんな朝早くに人は来ない。そしてバスケ部の朝練が始まるのは七時頃から……だったよね?」
「はっ、はぁ! はぁ! そんな、こんなの……」
「無様ね! 今のあんたの姿、最高に愉快じゃない!」
 ユウの顔のすぐ近くに鎌を近づけた。刃を奴の頬に押し付け、金属の冷たい感覚を味あわせる。
 後は持ち上げて勢いよく振り下ろすだけ。それでこの敵を排除出来る。
 そう思った瞬間、ユウの体から黒いオーラが噴き出してきた。
 驚いて後ろに飛び退く。ユウの体が見る見る内に変化していった。
 背が少し伸び、フードを被った格好になった。尻尾が生え、両腕の所に金属を固めて作った巨拳が現れる。
 私だけじゃなかった。ユウも同じような力を持っていたんだ。
「あはは……何これ。これでヨミと闘えってことなの?」
 今目の前に居るユウだった奴。何処かで見たことがある気がする。
 夢の中で見たのか。それとも妄想の産物と被っているのか。
 確か奴の名前は──ストレングス。そして私の名前はヨミではなくデッドマスターだ。
「何だかよくわからないけど、殺されるよりマシだよ!」
 大きな鉄の拳を構えて突撃してくる。私は待ち構え、繰り出してきた左右のパンチを避けた。
 自分でも驚くほど体が軽く感じる。ちょっと跳んだだけでも体育館の端から端まで移動出来てしまった。
「ヨミ。確かマトのこと……気にしてるんだっけ」
「気にしてるなんてレベルじゃない! 彼女は私の全てよ!」
「じゃあさ、もしアタシが今ここであんたを倒して……私がマトとくっ付いたらどうする?」
 奴はいやらしい表情を見せた。いわゆるサディスティックな笑顔だ。
「マトはアタシのモノにする!」
 奴はそう叫んで再びこちらに迫ってきた。
 今ふと思い出した。マトが私を助けてくれた後のこと。
 私がマトと楽しそうにしているのをユウが見ていたとき、暗い表情をしていたのを。
 もしかしてあれはユウが私に対して嫉妬していた、ということなのか。
「死ぬのはそっちよ、ヨミ!」
 そういうことか。奴は私がこの世から消え去ることを望んでいたんだ。
 前にユウがマトと仲良くしていたのは、それを見た私が嫉妬で苦しませるためだったんだ。
 そして私は嫉妬の炎に焼かれて一度消えてしまったんだ。
 そこからマトが私を助け出してくれたんだ。
 それなのに今またユウが私を消そうと反撃してきたんだ。
 何て悪い奴だ。極悪人だ。私は悪くない。私の邪魔をしようとしている目の前のユウが悪い。
 殺されるべき人間は私ではない。ユウだ。私からマトを奪おうとしているユウがこの世で一番死ぬべき人間だ。
 突然デジャビュの感覚に囚われる。この光景を見たことがあるらしい。
 考え事をしている場合ではないと奴の方を向き、先ほどから私についてくる髑髏を敵に向けて飛ばした。
 髑髏の体当たり攻撃を奴はその大きな拳で払いのける。そして私に大質量の拳を放ってきた。
 私はそれを身のこなしでやり過ごし、すれ違い様に鎌の一閃を見舞ってやった。
 するとどうだろう、それが致命傷になったらしい。ユウは痛い痛いと叫びながら倒れていった。
 重たそうな拳が力失くして落ちる。その重みか、体育館の床が破壊された。
「うぐっ! かはっ……!」
「弱い……そんな程度で私に歯向かおうなんてね」
 ゆっくり歩いてユウに近づいていく。今私は最高の気分だ。
 あの憎きユウに勝ったのだから。これから待ちに待った、ユウを殺せる時間だ。
 ユウの姿が戻っていく。いつものジャージ姿に。巨拳が消える。壊れた床はそのままだった。
「じゃあ、これでサヨナラ♪」
 さっきの様に鎌の刃をユウの頬へ押し付けた。奴はガタガタ震えだす。
「こ、殺さないで! アタシ、アタシは、マトからヨミを引き剥がしたいなんて考えたことは……」
「死人に口なし」
「えっ?」
「死ねっ!」
 どこからともなく大量の鎖が飛んできた。が、それは私が意のままに操れるものらしい。
 鎖がユウの体に絡み、ユウを縛り上げる。丁度鎌で斬りやすい所に固定出来た。
 足を縛り、腕は体にくっ付けるような形で拘束。首の辺りに自由な空間が出来ている。
 黒く、冷たそうな鎖に締め付けられているであろうユウが苦しい、苦しいと言っている。
「さぁ、あんたの罪を数えなさい!」
「止めて、止めっ……嫌ーっ!」
 鎌を一思いに振り切った。首を一斬り。頭が刈り取られた様に体から離れて行った。
 もう一度念じると鎖は消えた。首と体がドサリと床に落ちる。
 体の方の切断面から血飛沫が上がった。頭の方からは垂れてくる程度の出血。
 当然ユウは動かない。だが心臓はまだ動いているから血流は止まっていない。辺り一面血の海。
 私は勝ったんだ。敵を打ち倒した。ユウを殺すことに成功したんだ。
 ユウだった物体の頭だった所を持ち上げた。切断面からは血と何か別種の液体が混じった物が垂れ流し状態。
 私はこの死体で遊ぶことを思いついた。口の端が釣り上がる。自然と笑みが零れて来た。
 鉤爪の様な指先で頬を撫でた。風呂場のタイルを簡単に傷つけられたもので触った。皮膚は簡単に裂け、頬肉がパックリ切れた。
 ちょっと力を入れると頬の中に指先が入って行った。肉を貫通し、口の中に到達してしまった。
 裂けた頬のところからも血が垂れてきた。でも私はお構いなしに弄るのを続ける。
 憎きユウだった奴の頭。粉々に砕いてしまいたい衝動を我慢しつつ、今度は目玉で遊ぶことにした。
 鉤爪をユウの左目に刺し込む。弾力があるのか、爪が入った瞬間に何かしらの液体が弾けた。
 私は気にせず指先を目玉の中で曲げ、目玉を吊り上げる。そしてそのまま引き抜いた。
 目玉の中の感触は余り気持ちの良いものではなかった。みずみずしい感触の中に何かしらの繊維が一杯入っている感じ。
 目玉の脳と繋がっているであろう神経なのか、目玉からは血に染まった赤い筋がくっついてきた。その筋ごと引きちぎる。
 とてつもなく悪いことをしている気分になった。死体を弄るというのはそういうものだのだろうか。
 だがこれは極悪人の死体だ。亡骸を冒涜されるのは当たり前と言っていい状況のはずである。

 と、突然体育館のドアが叩かれた。館内にある時計を見る。今の時間は七時を過ぎていた。
「開けて! 開けてよ! ユウ、居るんだよね!」
 愛しい私のマトの声がした。そういえば彼女も朝練だったか。
 ユウのポケットに入っていたらしい携帯電話が鳴っている。
 朝練の時間になっても体育館が開いていないことを不審に思った部員が、彼女に電話をかけているのだろう。
 鍵は確かユウが持っていたはずだ。だから今この体育館には入ってこられないはずである。
 このまま別の入り口から逃げるべきか? それとも今ここでユウを殺したことを伝えるべきか?
 私は後者を選んだ。そして私が鍵を開けるまでもなくドアは開けられた。
 おそらくスペアキーで鍵を開けたのだろう。そしてドアを最初に開けたのは、私の大好きなマトだった。
 そのマトの後ろには学生服やジャージを着ている生徒らが居る。
「ゆ、ユウ!」
 彼女は私の名前ではなく奴の名前を叫んだ。
「うっ……何よこれ……何なのよ!」
 首を刈り取られ、死体を損壊している最中を見られたからか、彼女は驚いてその場に固まった。
 驚いたというより、怖がられているみたいだった。
 彼女の後ろにいる生徒らの殆どはこの状況を見て怖がったのか、どこかへ走って行った。
「あんた、ユウに何したのよ!」
 彼女は気丈にも私に近づいてきた。だがおかしい。もしかして私のことがわからないのか?
 私は指にひっかけていた目玉を振り払った。
「私のことがわからないの、マト? 私ヨミだよ」
「嘘っ! 違う! あんたなんかヨミじゃない!」
 え? 何を言うの? 何で私のことがわからないの? もしかして変身しているからわからないの?
「私の知っているヨミはもっと優しい目をしている! 今目の前にいるあんたはただの殺人鬼じゃない!」
 ちょっと待ってよ。本当にわからない? 私はあなたをこの世の誰よりも愛しているヨミよ。
「誰か、先生呼んで来てよ!」
 マトがそう叫ぶと残っている数人の生徒らが皆走って行った。この場に居るのは私とマトだけになる。
「ユウが、ユウが何をしたっていうのよ!」
 彼女はそう言って一歩踏み出し、私の頬を叩いた。こっちが驚かされる。
 彼女は泣いていた。どうやらユウの死を悲しんでいるらしい。
 そんな奴の死、気にしなくていいじゃないか。そんなことより私のことを気にしてよ。
 私は自分の生徒手帳を取り出し、この前の土曜日に撮影したプリクラを見せた。
「嘘……本当に、ヨミなの?」
 頷いた。彼女は信じがたいらしい。
「嘘、何で、何でユウを」
「だって、邪魔でしょ?」
「邪魔……? 邪魔って何よ!」
「だって私はマトと居られたらそれだけで良いんだもん。他の奴なんていらない」
「そんなこと……そんなことおかしいよ!」
 どうやら彼女は怒っているらしかった。何で怒る必要があるんだろう?
「だからって人を殺すなんて、絶対間違ってる!」
 彼女はもう一度私の頬を叩いた。すると景色が少し低くなっていく。
 元の姿に戻ったのだろう。
「警察に行こう! それで罪を償うのよ!」
「え?」
「邪魔だから、なんて理由で友達を殺すなんて絶対おかしいよ! どうしてヨミにはそれが分からなかったのよ!」
 そういえば彼女にはユウを殺そうとしていることを隠していたっけ。
 でも今となってはどうでもいいことだ。気にすべきことではない。
 だって私は悪いことをしたと思っていないのだから。
「これからはずっと一緒だね」
「え?」
 もう一度黒いオーラを出した。デッドマスターへと変身する。
「ヨミ!」
「ずっと、ずっと一緒」
 目を閉じて強く念じる。もうこんな世界に囚われている必要なんてない。
 私とマトだけの世界に行って、そこにずっと居れば良い。
 あの荒廃した世界へ旅立とう。瓦礫が散乱する景色へ。退廃的な光景が広がるところへ。
 私とマト以外存在しない世界へ。私とマトの邪魔をする奴が居ない世界へ。私とマトがずっと一緒に居られる世界へ。
 二人っきりの時間を過ごそう。二人っきりで何もない世界を旅しよう。二人っきりで朽ち果てていこう。
 ねぇ、マト? 私はあなたのことを愛している。マトは私のこと、愛してる?

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あとがき

 マトはブラック★ロックシューターになってもう一度ヨミを救おうとするのだろうか。
 それとも救う必要はないのか。ユウを殺めた弔いの意を込めてヨミを殺してしまうのか。
 はたまたヨミを殺して自分も死ぬのか。

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